私のお財布はとっても古いです。神戸の震災の頃にはすでに使っていたと思います。無印良品で買いました。

 札入れ1ヶ所。小銭入れ1ヶ所。カード入れ5枚分。あとはポケット3ヶ所のシンプルな財布です。

今まで使っていたお財布

 小銭入れの裏のところのポケットが、少しほつれてきていることと、全体的にくたびれてきたこと、最近ポイントカードが増えてきて入らなくなってきたことから、さすがにそろそろ買い替えどきかな・・・とか思ってましたが、大きなダメージもないしまだまだ使えるし・・・と継続して使っていました。

 で、数日前みつけたんです。なんばのお店の店頭で。スリムで収納力があって良さげなお財布を。

 そのお店の商品は、バングラデシュの工場で作られたものです。商品を買うと、バングラデシュの貧困層の雇用創出につながるという取組でした。

 「同じ買うなら、こ~ゆ~お店で買いたい」と思ったのですが、このとき私は知らぬ間に「人生の重大な岐路」に立たされていたのです。

 フト気がついてしまいました。今、季節は「秋」。秋ど真ん中だということを。この時期のお財布は「秋財布」になってしまうのではないか・・・と。つまり「空き財布」です。お金を入れても入れても空きになるという、恐怖のお財布です。

 ダジャレか!オヤジギャグか!!と思う人もおられるでしょうが、春の季節の「張る財布」は、とってもエンギが良いものとして、アチコチでお財布セールを実施しています。言霊ってのもあるらしいしね。単なる言葉遊びとしてムゲにはできないといえましょう。

 つまり、今お財布を買うことは、「空き財布」という経済的に重い十字架を背負って、この後の人生を過ごしていかなければならないということです。しかし、今お財布を買わないことは、バングラデシュの貧困層のみなさんを見捨てることです。

 どうする?俺。自分の経済を優先して、バングラデシュの貧困層のみなさんを見捨てるのか? それとも、自分が貧困におちいるキケンをおかしてでも、バングラデシュの貧困層のみなさんを助けるのか?それとも・・・。

 私は、いったん財布の展示場所から離れ、おおきく深呼吸をしながら狭い店内をゆっくり一巡して考えました。いろいろな想いが錯綜いたします。

 大死一番絶後再蘇

 店内を一巡しおわったとき、ついに私は一世一代の重大な決断をくだしました。店員のお兄さんにむかって「このお財布ください」と告げたのです。このとき、自分自身の表情を見ることは出来ませんでしたが、おそらくスガスガしい笑顔であったと思います。

 たとえば、雪山登山でパーティが遭難したときのコトを考えてみましょう。過酷な条件の中、いつ救援隊が来るかわからない状況で食料が尽きた時、自分のリュックに1枚残ったチョコレートを見つけたら、みなさんはどうしますか? そのチョコレート、みんなでわけますか? それともコッソリ一人で食べますか?

 こ~ゆ~ときこそ、人の真価が問われるのだと思います。私は、わずかなチョコレートを、みんなで分ける道を選んだのでした。

 商品を受け取ってお店の外にでたとき、空はどんよりと曇っていましたが、私の心は晴れやかでありました。

おしまい。

新しく買ったお財布

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